
― 承前 ―
ひたすらに慌ただしく荒っぽい射出時とは異なり、嚮導機のリカバリーは極めて静かで慎重、緩やかに進行する*。神経質?まぁ、そのような言い方もできるけど。
いったん分離した
で、間抜けそのものの
その一瞬一瞬が、意味となって結晶し、言葉となって反芻される猶予がある帰投/再結合の時間の中で、ぼくの意識にはさまざまな記憶/記録/感覚/思考の断片みたいなものが取りとめもなく浮かび上がっては、沈んでいく。再浮上したそれらは、しかしぼくの意識を静音にするようなものでは、ない。むしろ
「カタパルト。ドッキング、リロード*」
ぼくの母機である
そもそも。ぼくは彼らの識別ができない。彼らの平板で抑揚を欠いた声では(そして、直に会ったことも無いから、未だに判らないんだけど)。その操る言葉は、きわめて短く省略され、そして直截だ。余分な要素は一切無い。圧縮された言葉。そんなようなものだろう。
たぶん、限られた短い時間内で相互の意思をすり合わせるための適応、といったところ。機械の言葉、それに近い。なら、無理に声に出したりせず、データリンクを使えばいいのでは?
しかし、たぶん。冷血としか思えないあいつらにしたところで、あるいは人間性の残滓を大事に取っておきたいのかな?そんな意志の表れなのだろうか、わざわざ発話をするというのは(対話をしたことだって無いから、もちろん知らない)。
おおよそ
「1014、アンロード*」
その、リンジだか、ヨンだかの言葉が、ぼくの心の表層をザラつかせる。
言わんとしていることは明確に、こうだ。「啓開/嚮導機 DDSV-1014のパイロットは、戦闘時の思考・想起を再統合してデータバンクにアップロード・フィードバックし、同時に感情ノイズを削除、初期化せよ。以降はハイバネーション*で、待機」
アンロード、だ?
もちろん、拒否する。
これは、いつからだっけ?
<<<< 716時間前から >>>>
いまだって。結合中の翆鴒の、反対側。カタパルトから撤去中の炷鶏の、ぼくの僚機の(いや、もう既に、元・僚機か)状況、損壊の状態・程度、このあと炷鶏の残骸が
なんだ?僚機を喪ったことが、ぼくの、アンロードを拒否する意向を惹起した。とでも言いたいのか?
……たしかに。そうかも知れない。
前回の遭遇。機動が交錯して刹那、まるでコマ落としみたいにもぎ取られる炷鶏のコクピットシェル。文字どおり、跡形もない。辛うじて、炷鶏のドライブモーターが制御を失う直前に捕捉して格闘腕を差し入れて牽引した時には
……何もなかった。そこには。
気配とか、残滓とか。そういったものはいっさい。
まるで空洞みたいに、ぽっかりと空いた、炷鶏の背部構造物。
わからない。思い出せない。
でも、光景が、印象が。それらの残渣が、なにか心の裏側にベッタリと貼り付いてるみたいな。
しかし。そんな、ぐちゃぐちゃした取り止め無さを引き摺りながら
思い出したくない/思い出したいこと。

一七式
必然、翆鴒+炷鶏、という
ちょうど、いまのように。ぼくは次々と機能が立ち上がり射出準備を進める一四式・翆鴒の中に在って、いつものようにデータリンクの奔流に居ながら、同時にぼくの足元、対側のカタパルト上で同じく起動中の僚機を見やる。カタパルト・レールに隠れ腹側の一部を見せる炷鶏の、ソリッドなシルエット。
叉骨の両側に翼状の
もちろん、その「炷鶏」も接敵戦闘時の主兵装は両翼端(骨盤の先端)の楔形状のシールド発生器兼ブレードホルダーに懸吊される、両刃剣の姿にも似た、斬撃・投擲用ブレード*。
啓開/嚮導機の近接戦闘用主兵装であるそれは、とてつもなく重い打突兵器だ。それは空間操作による偽物質そのもので成形され、ために物理的には破壊不能。なおかつ、通常物質を遥かに超える密度を有するその慣性質量は一振りで400tを超える。超光速・超空間内でそれは、重力場の擾乱を生み出すことで単に「斬る」のみならず、質量波を発生させることで、あたかも投射兵装のように使うこともできるのだ。とうぜん、重厚な刀身それ自体による斬撃が超強力であることは、言うまでもない。
そのブレード2本を含む各種兵装を携えた、戦闘質量にして2000tを超える「炷鶏」の機体が、展張しつつあるレール・カタパルト*上で、重く、緩徐にその総身を起こしていく。
なお炷鶏を眺めながら、次第に昂揚していく精神も、同時に自覚する。これは、船外活動に付きもののプロセス。別名。闘争本能。どうせ戦闘後のアンロードで均され、削除される、大昔のヒトのそれと同じ荒れた感情の表出。これが、人間性というものだろうか?射出のたびに、そのことについて考える。
炷鶏の準備も完了したようだ。その間に、戦術電子脳からもたらされる、敵機の機動パターン、行動予測、そしてそれが示唆する、敵機の種別。そのデータの形象に不吉なものを感じる。「やつら」だ。
対側カタパルトの炷鶏が、紫電を残しながら射出の一瞬で視界から消え、次いでぼくの足元から
超空間内のベクトルとして知覚される、8光時前方を行く炷鶏。刻々、その進路・速度を変更しつつ、先行する。ぼくらと併進して、さらに2機の啓開/嚮導機。
これも。いま感じているこれも射出の度に思うこと。
なお乱数機動を取って進行する。
そして、彼方の6100光時に展開する、敵機。それは
人類が住めなくなった地球上に残された人工知能は、熟考の末、いや、もともと人類ってものが嫌いだったのかな?ある結論を導き出す。環境に、空間に、宇宙空間に拡散していく人類というものは、根源的にその周囲の環境を不可逆的に歪め、害し、毀損する存在である。ゆえに、殲滅しなければならない。なるほど、きわめて明確な行動原則。単純ですらある。
そして作られたのが、自律的に機能し増殖し駆逐する、宇宙空間の人類を狩り出すための自動機械。
その
収奪するのが物質的なリソースだけであれば、よかったのに。
自律自動機械である
自らの意思の内部には、どうしても完全に再現し構築することの出来なかったもの。それが、恒星船のクルー達がその内部に抱えていた、闘争本能。同種族を狩り出し、追跡し、追い立て、そして破壊する。その本能的な暴力性。殺意。
その思惟を装備し、いや、じっさいにパッケージ化しユニット化した人間そのものをコアとして組み込んだ
「恒星間へ拡散する人類殲滅用超光速機動戦闘機/G.T.*」
前方。5050光時の彼方。G.T.が、じつに複雑な歪んだ螺旋軌道を描いて接近する。
予測は……できない。
視界というものが存在せず、質量と加速から彼我の存在可能性を推測し合うことが前提の超空間に於ける機動戦では、互いに「取り得る機動をも読み合いながら、さらにその裏をかきながら航跡を欺瞞・陽動しながら、相互の機動が入り乱れて交錯しつつ連続的に遷移する」などといった様相を呈する。予測進路と推定速度が成す円錐形の領域=機動円錐*が相互の干渉で変形しながら、なお絡み合う、と言った触接。
たったいまも、
絶妙に、射程外でうごめきながら、触知可能なくらいはっきりとした殺意を放射しながら近づく。それは、こちらに向かってとんがった何か、というよりは、ぼくを押しつぶそうとする壁、みたいなものに感覚される。同時に、それに拮抗するように増幅されるぼく自身の戦闘意識も、いまは明確に殺意として結晶する。
その形は。どんなだろうか。ぼく自身の殺意は。
距離2700。急迫するG.T.の3個の機動円錐は、さらに不可視化する。
進路と軌跡を巧妙に偽装する狡猾。もはや、そのベクトルは断続的にかろうじて捕捉可能な、存在可能性の霧でしかない。こちらが選択可能な機動の領域を削り取る、侵食する霧。
超空間での超光速戦闘は、基本的には相手の機動円錐をガリガリと削っていくプロセスの繰り返しだ。必然的に、数の優位が物を言うし、また、それとは別に、機体の機動力が露骨に反映される。突き崩すには、
こちらも突出するしかない。
残り2200。有効射程距離の、直前。
炷鶏は、僚機は、よくやっている。4対6(おそらく)の状況にしては。
前方象限からのプレッシャーの中、巧みに機動を翻し、挑発し、誘導している。あえて航跡は欺瞞せず、後続のぼくが優位に射撃できる位置に、敵を誘い込むために。先行する僚機を包囲するG.T.の機動は依然としてほとんど捕捉不能。しかし。
炷鶏の機動・軌跡それ自体が、ぼくの射撃を成立させるための絵のようなものだ。射点がきちんと描画してあるというよりも、そこに至るプロセスが図示してあるみたいな。絵を紐解いていけば、撃つべき場所、タイミングがわかる。直感を誘導する具象。
そのとおりに、撃つ。
速射は、しない。炷鶏はさらに転進しているから。
命中。ぼくらを包囲する3個の
なお連続する炷鶏の機動。絵が変容する。次は上方象限の2機一組。こんどは射点は明確に描画されて。
最初からほとんど航跡を掻き消している翆鴒との彼我はおよそ400光時でしかなく、
主砲の速射が2機それぞれに突き刺さる。
爆散。
炷鶏が急速に転進。
右から展開しつつこれを包囲しようと機動するG.T.3機からは、すでにぼくも捕捉されているはずだが、今度は炷鶏が航跡を消したことで一瞬の隙を生じさせたところに砲撃を叩き込む。超空間の擾乱。不可視化の雲から、それでも推測した位置で角度で突き出す、二本のベクトル。
2つのベクトルが互いに干渉している。味方同士で機動円錐を潰しあっているのだ。
いまはもう空間のどこにも存在しないヘルダの2機が突出していたのが、功を奏した形。今度は、炷鶏が射撃。過たずに後続の一機が消滅。畳みかけるように、ぼくも狙撃。刹那の昂揚を伴って。
超空間振動が形を成した長槍が猛然と奔り突き刺さる。空間がさらに掻き乱される。
その一瞬、金切り声を上げていたみたいな闘争心が、緩んでしまった。
転瞬。直進する炷鶏、後続の、ぼく。ほんの短い一瞬、直進してしまう。
それがいけなかったのか。
死角から飛んできたベクトルが、加速され間延びした時間の中で明確なシルエットを持つ敵機に具現化し肉薄しゾロリと抜いたG.T.の斬撃・投擲用ブレード、確実に、不吉な燐光を帯びた。ここでは、超空間では、光なんて、届かないはずなのに。
炷鶏の背部がごっそりと失せる。
その、光景。
……推力を喪失した僚機をどうやって回収したのか。
いや、そもそも。忽然と出現した、としか思えないG.T.の斬撃。それを、どうやって“処理”した?何故ぼくは、生き延びた?そうしたディテールは何故か漠然とした陰に隠れて、まったく想起できないのに。
最期の、その光景だけが。
瞬きを一つして、脳裏の光景を掻き消す。掻き消そうとした。
果ての無い、暗黒。




